Thu 2009-08-20

セカンド・サマー・オブ・ラブ  The Second Summer Of Love 

80年代後半にイギリスで起きたムーブメントです。

60年代後半のヒッピー・ムーブメント「サマー・オブ・ラブ」に由来しており、
その再来という意味で「セカンド」と呼ばれました。

発祥は、スペインのイビザ島でプレイされていた、
マーシャル・ジェファーソン、フランキー・ナックルズなどのシカゴ・ハウスや、
その他ジャンルの曲を、ジャンルの壁を越えてプレイする、自由なDJスタイルと言われます。

そして、ダニー・ランプリング、ポール・オークンフィールドらイギリスのDJ達が、
バカンスでイビザ島を訪れた際にそれをイギリスへと持ち帰り流行の発端となりました。

中心地となったのは首都ロンドンではなく、
マンチェスターやリバプールなどの北部の工業都市群でした。
ハウスミュージックを中心にドラッグ文化と強く結びついていることから、
かつてのヒッピー・ムーブメントに重ね、既存の商業的なモノとは異なり、
内輪なウェアハウスパーティを始まりに、野外や倉庫等口コミで広まっていきました。

当時の閉塞していたイギリスの音楽シーンや若者に衝撃を与えたのは、
参加者主導というDIY精神と、それまでのイギリスにはなかった開放感、連帯感です。
これには当時爆発的に流行した多幸系ドラッグ、エクスタシーの影響もあり、
何千人もの若者が週末ごとに集まり、知らない人間同士が抱き合い肩を組んで、
巨大なスピーカーから大音量で流れるDJの掛ける未知の音楽に狂乱し踊り明かすという、
以前のイギリスでは考えられない様なスタイルを生み出しました。

この動きはすぐにヨーロッパにも広がり、フランスやベルギー、ドイツなどでも、
同種のレイブが開催されるようになり、また、ロックシーンにも影響を与え、
マンチェスターでのマッドチェスター・ムーブメントの引き金ともなりました。

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しかし、ドラッグの問題や社会不安から危険視した政府・警察により圧力を受け、
最終的にはレイブを行うことを取り締まる法案「クリミナル・ジャスティス・ビル」が成立します。
また、セカンド・サマー・オブ・ラブ自体も、そのブームに目をつけた、
プロモーターたちによって商業目的となって行きます。
当局の圧力もあり、合法的に当局の許可を得た会場で多額の入場料を取って行われる、
有名DJを迎えた、商業目的のレイブが主流となり、
当初の精神を失っていき、上記のクリミナル・ジャスティス・ビルの施行時には、
いわゆる「セカンド・サマー・オブ・ラブ」は既に終わっていました。

セカンド・サマー・オブ・ラブの担い手たちはその後商業化されたレイブへと向うか、
もしくはアンダーグランドな精神を受け継いでクラブ文化へと流れていきます。

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今でも、クラブカルチャーにおいて大きな精神的源流として語られ、
音楽自体は変化しても、その非商業志向やDIY志向などは、
現在のクラブ・ミュージックの大きな特徴として残っており、規模は小さくとも、
非商業的で非合法のフリー・パーティーはいまでも各国で盛んに行われています。

世間では、いまだにシャブピーの話題で持ちきりで、
タイミング的に、このコラムを書くのは気が引けました・・・。
皆様、いろんな意味でほど程にお願い致します(笑)。

イギリスのユースカルチャームーブメントをご紹介する上で、外せません。
英国車を取り扱いする当店としては、皆さまにチョッと掘り下げて、
私がリアルタイムで感じた、当時の英国の空気を感じて頂ければと思います。
http://www.rising-mini.jp/
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