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Thu 2011-07-07

THE PALE FOUNTAINS ペイル・ファウンテンズ

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1981年英国リバプールで、
当時17歳のマイケル・ヘッド(vo,g)、
クリス・マッカフリー(b 1986年に死去)、
クリスの同級生のトム・ホィーラン(ds)、
ネイサン・マッゴフ(Per、マネージャー、現在もシャックのマネージメントをやっている)と、
演奏していたところから始まります。

その後同じリヴァプールのディスロケーション・ダンスのメンバーだった
アンディ・ダイアグラム(トランペット)を加えます。

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1982年にラフ・トレード系のオペレイション・トワイライトから
シングル「Just a Girl / (There's Always) Something on My Mind」でデビュー。

地元で評判を呼んだこのシングルをきっかけに、
多くのメジャーレーベルの争奪戦が展開されたが、
結局ヴァージンが13万ポンドで獲得し、数枚のシングルののち、
1stアルバム「Pacific Street」を1984年3月に発表します。
清涼感あふれるサウンドと、心の琴線にふれるメロディ、
壮大なストリングスに、管楽器やパーカッションが絡む絶妙なアレンジ、
繊細なアコギの疾走感が特徴的な普及の名作、青春ネオアコの金字塔の一枚。

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メジャー契約までの経緯は、
当時オペレイション・トワイライトにいた、
パトリック・ムーアが「Longshot For Your Love」のライナーで詳しく書いています。

マイケル・ヘッドが「古典になるような曲を書きたい」という発言通り、
初期の彼らはバート・バカラック、ジョン・バリーといった作曲家や、
ラヴのようなバンドに影響を受け、ネオアコシーンの中で花開きました。

その後アンディ・ダイアグラムが脱退し、
後にマイケル・ヘッドの弟のジョンがギターで加入します。
結果、2nd「...From Across The Kitchen Table」では、
ロック/ソウル色を強めた作品となりました。

来日公演などもあったが、ついにヒットに恵まれないまま、
ヴァージンとの契約も終わりバンドは解散します。

その後、マイケル・ヘッドはシャックを結成し活動。

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そして再結成、ロンドンと彼等の地元リヴァプールで、
一度限り?のライブを行いました。

個人的に、今でも大好きなバンドで、
当時、十代だった私は今で言うジャケ買いで、
ペイル・ファウンテンズを知りました(笑)。
「Pacific Street」のジャケットで一目ぼれし購入、聴いてノックアウト。
その後、「Pacific Street」のレコジャケの話を聞き、
このジャケットの兵隊を写真に撮ったカメラマンが、
その兵士に銃殺された・・・なんて話で再びノックアウト。

なにはともあれ、青臭さ満点の青春バンド、
思い出と共に、今聴いても新鮮なペイル・ファウンテンズ。
おススメします。是非、聴いて見て下さい。

イギリスのユースカルチャームーブメントをご紹介する上で外せません。
私がリアルタイムで感じた、当時の英国の音楽シーンを感じて頂ければと思います。
http://www.rising-mini.jp/
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