Thu 2010-06-17

The Slits スリッツ

強烈なガールズ・パンク?の元祖です。

スリッツを結成したのは、ボーカルのアリが14歳のときで、
1976年にアリと、パルモリヴがロンドンで行なわれた、
パティ・スミスのライヴへ行った際に意気投合し結成されました。

当時、ジョー・ストラマーと付き合っていた、パルモリヴは
伝説のバンド、フラワーズ・オブ・ロマンスのドラマーとして活動をはじめ、
フラワーズ・オブ・ロマンスは1976年に結成され、一度もライヴを行なわず、
スタジオ・レコーディングも残していないにもかかわらず、
パルモリヴやヴィヴのほかにもピストルズ加入前のシド・ヴィシャスや、
デビュー前にクラッシュを脱退したキース・レヴィンが在籍していた、
本当に伝説のバンドです。

のちに、パルモリヴはジョニー・ロットンと再婚したことでも知られています。
そのジョニー・ロットンが、ピストルズ脱退後に新たに結成した、
P・I・L パブリック・イメージ・リミテッドにキース・レヴィンは参加します。
その、3rdアルバムのタイトルがやはり「フラワーズ・オブ・ロマンス」でした。
P・I・Lについては、また後ほど。

パルモリヴはスペイン生まれで、
本名はパロマ・ロマーノ、パルモリヴとは台所用洗剤の商品名で、
このあだ名を彼女につけたのはポール・シムノンなんです。

コレだけでも、スリッツは、
UKアンダーグラウンドシーン史語るうえでの、凄さが分かるでしょ。

スリッツの最初期のメンバーは、
アリ・アップ(vo.)、ケイト・コラス(g.)、
スージー・ガスティ(b.)、パルモリヴ(dr.)ですが、
ケイト、スージーの二人はすぐに脱退、

パルモリヴと同じくフラワーズ・オブ・ロマンスに在籍していた、
ギタリストのヴィヴ・アルバータイン、
さらにベースのテッサ・ポリットが加入して、
初期のラインナップが揃うこととなります。

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1977年5月、パルモリヴやヴィヴが、
クラッシュのジョー・ストラマーやミック・ジョーンズと親しかったためもあり、
スリッツはメンバーが固まってからわずか3回のリハーサルを経たばかりで、
クラッシュの「White Riot Tour」に前座として起用されます。

同年9月と1978年4月にはBBCの「ジョン・ピール・セッションズ」に出演、
デビュー・アルバム以前のオリジナル・メンバー4人による貴重な音源が残されており、
1988年にCD化されています。

1978年末にはパルモリヴが、レインコーツへ参加するためにスリッツを脱退。
新しいドラマーとしてバッジー(本名ピーター・クラーク)が加入。

このころまでのスリッツは、
典型的パンク・サウンドの演奏をしていましたが、
レゲエの影響を受け、ダブの手法を取り入れるようになりました。

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1979年9月、ダブの巨匠デニス・ボヴェルをプロデューサーに迎え、
デビュー・アルバム「カット Cut」をリリース。

同アルバムからは、
「Typical Girls / I Heard It Through the Grapevine」をシングルカット。
B面はマーヴィン・ゲイのヒット曲「悲しいうわさ」のカヴァー。

パンクとダブを融合させた音のインパクトもさることながら、
アリ、ヴィヴ、テッサの3人が褌一丁!で、
泥まみれになっているジャケットは衝撃でした(笑)。

「カット」リリース後にバッジーはスリッツを脱退し、
スージー・アンド・ザ・バンシーズに参加します。

以後、スリッツは正式なドラマーをメンバーに置かず、
そのつどゲストとしてのスタイルを取ります。

また、この頃アイランド・レコードを離れて、
ザ・ポップ・グループと同じ、ラフ・トレード傘下のレーベル「Y」へ移籍し、
同レーベルからシングル「In The Beginning There Was Rhythm」
ザ・ポップ・グループ「Where There's A Will」とのスプリット・シングル、
「Man Next Door」をリリースします。
後者をプロデュースしているのは、
「On-Uサウンド」のエイドリアン・シャーウッドです。

シャーウッドとの交流は、アリとヴィヴが参加した、
「ニュー・エイジ・ステッパーズ」で生まれたものですが、
ここで、スティーヴ・ベレズフォードやネナ・チェリーといった、
先鋭的なシャーウッドの人脈と触れることによって、
スリッツはダブ、ジャズなどの要素を貪欲に取り入れて
さらに実験的・前衛的なスタイルを深化させて行きます。

そして1981年10月、CBSとメジャー契約を交わしたスリッツは
セカンド・アルバム「大地の音 Return of the Giant Slits」をリリースしますが、
これを最後にスリッツは解散してしまいます。

解散後、アリはニュー・エイジ・ステッパーズへの参加などを経て
ジャマイカやベリーズを渡り歩きながらソロ・シンガーとしての活動を続け、
ニューヨーク在住後の2005年にはスリッツ解散後初となる、
ソロ・アルバム「Dread More Dan Dead」を発表しました。

ヴィヴはテレビや自主制作映画のプロデューサーに、

パルモリヴはレインコーツでの活動を終えたのちインドへ旅に出て、
そこで知り合った男性と結婚して主婦となり、

テッサはスリッツ解散後の消息が長らく不明でしたが、
2003年に、アリのライヴに飛び入りで顔を見せました。

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そして2006年、アリとテッサは新メンバーを加えて、
新生スリッツを再結成し、25年ぶりの新作となるEP「Revenge Of The Killer Slits」を、
さらに、2009年には28年ぶりとなる3rdアルバム「Trapped Animal」を発表します。

スリッツは、オリジナル・パンクとは違ったスタイルで、
旧来のロックのスタイルをひっくり返してしまいました。
女である事を笑い飛ばして、堂々とアピールする・・、みたいな姿勢は、
"割れ目ちゃん"を意味するバンド名にも現われている様に感じます。
可愛く、かっちょいい音が聴きたい人は是非おススメです。

イギリスのユースカルチャームーブメントをご紹介する上で外せません。
私がリアルタイムで感じた、当時の英国の音楽シーンを感じて頂ければと思います。
http://www.rising-mini.jp/
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