Thu 2009-10-22

ハワード・ディヴォートとジョン・マクガフとバリー・アダムソン マガジン

マガジン Magazine

1977年にバズコックスのオリジナルメンバーだった、
ハワード・ディヴォートが結成したバンドです。
セックスピストルズの登場に触発されたマンチェスター郊外、ボルトンのカレッジに通う、
ピート・シェリーがハワード・ディヴォートと結成したのがバズコックス。
1stシングル"Spiral Scratch"で、マンチェスター・パンク最初のバンドとして、
その名を永遠にとどめることとなるのですが、その後ディヴォートは脱退します。

契約から、デビューへと至るバズコックスを尻目に、
ディヴォートは76年終わりに新たなバンドを結成、それがマガジンです。

彼等の特徴は、ディヴォートの艶かしく妖しいVo、
知性溢れる、社会的コメントと文学的/詩的アート性の同居した歌詞。
そして、メンバーの強力な演奏力でした。
特にディヴ・フォーミュラの妖しいシンセ、
バリー・アダムソンのファンキーかつメロディアスなベースライン、
そしてジョン・マクガフの、繊細かつ攻撃的なギターサウンド。
「ロキシー・ミュージックとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの合体」とも評され、
エッジの効いたメロディアスなサウンドと、シニカルな歌詞が特徴で、
いま聴いても、めちゃめちゃカッコいいです。

しかしセールス的には振るわず、81年の5thアルバムをリリース後、
リーダーであるディヴォートが脱退し解散しました。

1980年代ニュー・ウェイヴにおけるネオサイケの源流として語られたり、
またレディオヘッドが影響を受けたと語ったことで再評価を受けています。

gazou_091019_0.jpg

2009年に再結成しツアーを行った様です・・・。


ハワード・ディヴォートはピート・シェリーと結成したバズコックスを
1stシングル「Spiral Scratch」をリリース後、脱退しマガジンを結成します。

マガジン解散後は、ソロアルバム「Jerkey Version of Dreams」を発表、
次いでギタリストのNoko、デイヴ・フォーミュラらと「Luxuria」を結成し、
2枚のアルバムを残した後、音楽活動から引退。

2000年には、再びピート・シェリーとバズクンストBuzzkunst名義でライヴを行い、
突然の復活で驚かされました。

2002年にはShelly Devote名義でシングル「Buzzkunst」を発表しました。

ジョン・マクガフ John McGeoch 私の好きな英国ギタリストのTOP10に入ります。

john_mcgeoch.jpg
 
McGeochの日本語の呼びは従来から、
マジョーチ、マクガフ、マッゴフ、マッゴー等諸説あり、、
音楽雑誌では、それぞれカタカナ表記で掲載していました。
多分、一番メジャーな呼び方が「マクガフ」だと思います。

近年「マッゴー」が原音に近いという説が有力ですが、
2009年の再結成ギグのYoutube動画やDVD「Real Life + Thereafter」で、
ディヴォートがMcGeochについて触れる際に「マッギオーク」と、
発音しているのが聞けます。まぁ、どっちでもいいんですけど・・・。

1980年、3rdアルバム「Correct Use of Soap」録音後、
スージー・アンド・ザ・バンシーズに加入するため脱退します。
バンシーズ「JuJu」などで独特のギターサウンドを奏で、
80年代英国ニュー・ウェイヴの代表的ギタリストでした。

私もジョン・マクガフを知ったのはスージー・アンド・ザ・バンシーズからでした、
ちなみに、キュアーのロバート・スミスもバンシーズでギター弾いていました・・。

バンシーズとキュアーのロバート・スミスについてはまたの機会に・・・。

バンシーズ脱退後は、元スキッズのリチャード・ジョブソン、
ラッセル・ウェッブ、元マガジンのジョン・ドイルらと、
ジ・アーモリー・ショウ The Armoury Showを結成するんですが、
1stアルバムをリリース後脱退します。

ジョン・ライドン率いるP・I・Lにも参加しますが、
ツアー中ステージ上で客の投げた酒瓶を受け怪我するアクシデントに遭い、
またまた脱退・・・。

その後、音楽シーンから引退し看護師として働いていたそうなのですが、
2004年3月4日に亡くなったそうです・・・。
このコラム書いていて亡くなったのを知りました。合掌。

デイヴ・フォーミュラ Dave Formula キーボード 
1978年、ボブ・ディッキンソンの後任として加入。
マガジン在籍中、他のメンバー(マクガフ、アダムソン)とヴィサージュに参加するなど、
ニュー・ウェイヴ系テクノ・サウンドに深い関わりがあり影響をもっています。

マガジン解散後は、ディボートが結成したラグジャリア?だったかなぁ・・に参加。
その後音沙汰なかったのですが、キーボーディストとしての活動は続けていた様で、
2001年にザ・フィンクス The Finksというバンドで活動後、
現在はThe Angel Brothersという民族系?バンドに参加しているそうです。

バリー・アダムソン Barry Adamson ベース
マガジン解散後は、ニック・ケイヴ率いるバッドシーズのメンバーとして活躍します。
その後、ソロ活動に転向し、架空のサウンドトラック路線で、
コンスタントにアルバムをリリースし続けています。

gazou_091018_1.jpg

バリー・アダムソンの作品を聴いたのは、
確かデヴィット・リンチの「ロスト・ハイウェイ」あたりからでした・・。
デレク・ジャーマンの「ラスト・オブ・イングランド」の音楽もやっていたと思います。
重々しいサウンドだけど、ホーンセクションが非常にカッコよく、
胡散臭くいかがわしい雰囲気で、お気に入りの音でよく聴いています。
 
ジョン・ドイル John Doyle ドラムス 1978年加入。
マガジン解散後は、ジョン・マクガフらとジ・アーモリー・ショウ The Armoury Showを結成。

マーティン・ジャクソン Martin Jackson ドラム
1stアルバム「Real Life」リリース(1978年)後、脱退します。
その後、スウィング・アウト・シスターのメンバーとして活躍します。

ネオサイケの代表的バンドである、
ザ・カメレオンズ The Chameleonsにも参加していました。

ロビン・サイモン Robin Simon ギター ウルトラヴォックスのギター。
1980年のツアーに、直前に脱退したジョン・マクガフの代打として参加。
ライヴ・アルバム「Play」で聴くことができます。

ベン・マンデルソン Ben Mandelson ギター
ラスト・アルバムとなった「Magic, Murder & The Weather」の録音に加入。
マガジン解散後は、XTCの初期メンバーである、
バリー・アンドリュース率いるシュリークバックに参加。

その後、3ムスタファズ3 3 Mustafa's 3を結成します。

ボブ・ディッキンソン(Bob Dickinson)キーボード
マガジン結成時のオリジナル・キーボーディスト。1stシングルの録音前に脱退。


どうですか?・・・、この面子!80年代ニューウェーブ界?のそうそうたるメンバー達です。
チョッとUK音楽シーンに詳しい方であれば一つや二つは必ず聴いた事のあるバンドに、
メンバー達が結成したり、在籍していました。

明らかにパンクとは違った地平を目指した存在感と革新性を持った、
UKロック史上に燦然と輝く素晴らしいバンドです。

チョッとオドロオドロしいサウンドは、
日本のビジュアル系にも受継がれていると思います。
とにかく、聞いてみて下さい。今までのパンクミュージックとは違う・・・、
このバンドからパンクのトレンドも多様化していったような気がします。

イギリスのニューウェーブムーブメントをご紹介する上で外せないバンドです。

英国車を取り扱いする当店としては、皆さまにチョッと掘り下げて、
私がリアルタイムで感じた、当時の空気を感じて頂ければと思います。
http://www.rising-mini.jp/
FC2 Blog Ranking

ポチッとクリクリして下さい。