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Thu 2009-03-05

「ザ・スミス」「ハットフル・オブ・ホロウ」

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1stアルバム「ザ・スミス
1984年2月、デビューアルバム『ザ・スミス』を発表します。
このアルバムはUKチャートの2位に達する成功を収めました。

アルバム通して全体に物寂しく、『スティル・イル』や『サファー・リトル・チルドレン』といった曲のタイトルがそれを物語っています。『サファー・リトル・チルドレン』は、1960年代にマンチェスターで起こり全英を震え上がらせたマイラ・ヒンドリーによる連続少年殺人事件(ムーア連続殺人)を題材にしたものです。

モリッシーが歌詞などの中で多くの文学やポップカルチャーに言及していて、
インタビューでも彼のアイドル(アラン・ドロンジェームズ・ディーン、そして特にオスカー・ワイルド)について頻繁に認めているほか、歌詞の中でもささやかな引用を行っています(『プリティ・ガールズ・メイク・グレイヴス』というタイトルはジャック・ケルアックの小説『The Dharma Bums』の一節から採られている)。こうした引用は、もともとインドアで読書好きなザ・スミスのファンを熱中させる要素でした。

『リール・アラウンド・ザ・ファウンテン』や『ザ・ハンド・ザット・ロックス・ザ・クレイドル』は当時、ペドフィリアを示唆した曲ではないかという非難を浴び、さらに『サファー・リトル・チルドレン』は、題材になった連続殺人の犠牲者の祖母がたまたまパブのジュークボックスで聴いたことから抗議がバンドに寄せられたそうです。

しかし曲自体は子供たちの悲劇に対し同情的なものであり、モリッシーは後に曲の中で名前に言及した犠牲者レスリー・アン・ダウニーの母アン・ウェストと親交を築いています。

アルバムのリリース直後、モリッシーの長年のアイドルであった1960年代の女性歌手サンディ・ショウが『ハンド・イン・グローブ』をマー、ルーク、ジョイスをバックにレコーディングしました。このシングルのヒットで、ザ・スミスはBBCテレビの生放送音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」で裸足で演奏しました(サンディ・ショウがステージに裸足で登場するのが常だったことにちなんだもの)。

1984年は、アルバムに収録されていないシングルをいくつか発表した年でもありました。『ヘヴン・ノウズ』(ザ・スミス最初のトップ10ヒットで、このタイトル(ヘヴン・ノウズ・アイム・ミゼラブル・ナウ)はサンディ・ショウの1960年代のヒット曲『ヘヴン・ノウズ・アイム・ミッシング・ヒム・ナウ』をもじったもの)、および『ウィリアム』(モリッシーの友人でアソシエイツのリードシンガーだったビリー・マッケンジーのことを書いた歌詞だと一般には思われています。この曲のB面が、ザ・スミスのもっとも有名な曲『ハウ・スーン・イズ・ナウ ? 』)です。

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この年の末、コンピレーションアルバム『ハットフル・オブ・ホロウ』がリリースされ、シングル曲やそのB面、また前年1983年にピールやジェンセンがDJを務めるラジオ番組で録音した際の音源などが収められました。このアルバムは好評をもって迎えられ、特に、ラジオ・セッション・バージョンの演奏は、先立つシングルやアルバムに収録されていたものよりも優れていると多くの人々(ザ・スミスのメンバー自身も含む)が感じました。

是非、聞いてみてください。心に残ると思います。
ダメ人間賛歌オンパレードです。とても刺さります。

イギリスのユースカルチャームーブメントをご紹介する上で、外せません。英国車を取り扱いする当店としては、皆さまにチョッと掘り下げて、私がリアルタイムで感じた、当時の英国の空気を感じて頂ければと思います。
http://www.rising-mini.jp/
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